狂るる木さん仕様の死ネタです。
大丈夫!という方はずずいっとスクロールしてください。






























悲しみよこんにちは



瞼を閉じれば愛らしい笑顔はすぐに思い出せる。 優しい声も、柔らかに波打つ髪も、小さな手も、気丈な心も、何もかも、全部。

「最後に聞く。どうしてナナリーまで殺した」

ルルーシュはスザクに銃口を向けたまま言った。 ルルーシュの抑え切れない憤怒はその身体から滲み出てスザクを侵す。 ぐしゃりと歪んだ凶相は、高貴で優美であったかつてのルルーシュからは想像できないほど憎悪に濡れていた。 ルルーシュの指は引き金を引く瞬間を待っている。 ほんの些細な関節運動だけで相手を絶命させる拳銃は、手軽で軽薄な殺人道具だ。 僕等になんて似合いの道具だろうと、スザクは銃口の先にあるルルーシュの心臓を見据えた。

「君はナナリーだけは特別だと思ったのかい?」

スザクは薄ら笑いを浮かべていた。甘いね。スザクはルルーシュを嘲った。 ルルーシュは一普段の計算高さが嘘のように幼稚な質問を繰り返す。

「どうしてナナリーを殺した!答えろスザク!!」

ヒステリックな声は反響して耳に痛い。 刃物のように鋭い言葉が容赦なく朱雀を切りつける。 しかしスザクは顔色一つ変えず、むしろ理解できないというように首を傾げて眉根を寄せた。

「なぜ、なんて君らしくもない。分かってるだろう。どうして僕がナナリーを手にかけたのか」

破裂音がする。 弾丸はスザクの頬を掠り背後の壁に着弾する。 スザクは瞬きひとつせず頬を伝う血を人差し指で舐めた。

「ルルーシュ。ちゃんと頭を狙わなきゃ。憎んでるなら、すぐ殺さなきゃ。話を聞こうなんて甘いだけだよ」

諭すようなスザクの言葉に、ルルーシュは更に表情を歪める。憎悪を深くする。 その顔を見てスザクは知った。 美しい人の憎しみに歪んだ顔は、それでも醜さにはなりえないのだと。 やはり頭を撃ってその美しい顔が潰れてしまうのは勿体ないと、スザクは心臓を狙う自分の正しさを改めて思った。

「どうして認められないの。僕がナナリーを殺した理由なんてひとつしかないだろう」

だって君の最愛の妹じゃないか。まるで悪魔が囁くように、スザクは甘い甘い声で微笑んだ。 ルルーシュが見たこともないような、甘美な毒を含んだ眩暈がするような笑顔だった。

「黙れ!!」

ルルーシュは銃口を向け直す。 狙うは頭。そうだ、スザクになど言われなくともどこを狙うべきか知っている。 ルルーシュは唇を噛む。 迷いはない。この狂った男を殺そうと、ルルーシュは撃鉄を起こす。 けれどスザクは薄笑いを消さないまま、あろうことか銃口を下げ一歩ずつルルーシュの方へ歩いてくる。

「そんなに認められない?僕が君を憎んでるって。心の底から君を憎んでるって」

コツ、コツ、コツ、コツ。 軍人の、規則正しい無駄のない歩み。

「撃てばいいよ。今なら抵抗しない。約束する」

コツ、コツ、コツ、コツ。スザクは両手を挙げて降伏のポーズを取る。 幼い日のルルーシュがよく知った笑顔。 その裏側に潜むルルーシュのまったく知らない、背筋がぞっとするような氷った笑顔。

「それとも殺せない?僕はナナリーを殺したんだよ。撃ってみなよ。君のナナリーを殺したのは、この僕だ!!」

スザクは走った。 ルルーシュは撃った。一発ニ発三発。 その弾はスザクの足を掠り腕を掠り、壁に撃ち込まれた。 しかしスザクは止まらない。 あっという間にルルーシュとの間合いを詰めるとその左胸に、銃口を押し当てた。

「殺せないぐらい僕を憎んでるの?殺せないぐらい僕を愛してるの?」

スザクはルルーシュの脆弱さにつけ込む。 ルルーシュは可哀相なぐらい、怒りに震えていた。 まだ弾は装填されているにも関わらず、ルルーシュは銃口を下げて耳元のスザクの声に支配されていた。


スザクはユフィのことを愛していた。
ルルーシュもナナリーのことを愛していた。
ルルーシュはユフィを殺した。
スザクはナナリーを殺した。
スザクはルルーシュを殺せる。
ルルーシュはスザクを殺せない。
スザクはユフィのことを愛していた。
ルルーシュもナナリーのことを愛していた。


「なんで、なんで!俺だってナナリーを愛してた。ナナリーを愛してたなのになんで!!!」
「ルルーシュは馬鹿だね。人殺しの才能がないのがそんなに悔しい?」

狂ったようになんでを繰り返すルルーシュにスザクは恭しく言った。

「僕はユフィを愛していた。君のことだって、代えられないぐらい愛してた」

でもねとスザクは思った。スザクはとても辛そうに、悲しそうに、目を伏せて、そっと優しくルルーシュにキスをした。

「愛してると思ったら憎んでたんだ」

ごめんねとスザクは呟いた。 そして銃声が一発、響いた。















血の海に立ったスザクは足元を見下ろした。

「どうして君が僕を殺せないかって」

スザクは酷く詰まらなさそうに、横たわるルルーシュだったものに呟いた。 跪いて、次第に冷えていく力ない手を拾いその甲に口付けする。 最期のルルーシュは泣いていた。 顔を強張らせたまま、憎しみを抱いたまま、迷子の子供のように途方に暮れた顔していた。 それははスザクを殺せない理由が心底分からないという顔だった。 分からないと混乱したままルルーシュは心臓を止めた。 スザクはそんな愚かなルルーシュを抱き締めてやりたかった。愛していると思った。そういうルルーシュが、 心の底からスザクは愛おしかった。

「君は僕のことを、憎んでると思ったら愛してたんだよ」

ルルーシュが最期まで分からなかった答え。簡単すぎる答えを見つけられなかったのは愛憎の滑稽劇。 それを悲しみというならば。

「愛するように、憎んでるよ」


それは狂うほどに。
殺したいほど愛してる。
殺せないぐらい愛してる。
殺したいほど憎んでる。
殺せないほど憎んでる。
どちらが正しくてどちらが間違いなのか。
ただ一つ分かっていることは。


(君はその情の深さこそ憎むべきだったんだ)

スザクは口付けした手を丁寧に赤い海に沈めると、立ち上がり振り返ることなくかつての友を置き去りに、コツコツと規則正しい靴音を響かせ赤い足跡をつけた。