スザクは雑踏の中にいた。 硝煙の匂いはしない。彼女の愛しい人の残り香も消えただろう。 目が見えないあの子は、見えない分だけ他の器官が鋭い。 足音だけで訪問者を見分け、驚かせようと甘い菓子を持って行ってもその蜜の匂いで簡単にプレゼントを見破ってしまう。 だから帰り着くまで三時間、散歩し、甘い匂いの花を買い、十分に匂いを消してからスザクは家へ帰った。 「ただいまナナリー」 スザクは彼女の兄とそっくり同じ微笑みを浮かべた。 「おかえりなさいスザクさん。ふふ、なんだかいい匂いがしますね」 「ナナリーには敵わないな。ほら、お土産だよ」 スザクは花束をナナリーの手に握らせた。 真っ白な大輪の花を咲かせる、凛とした美しい花。 「何ていうお花ですの?」 ナナリーは花弁の瑞々しさに触れ、嬉しげに笑い、花の甘さを吸い込んで聞いた。 「梔子だよ。真っ白で、優しくて、とても奇麗なんだ」 ナナリーみたいにね。スザクがそうナナリーの耳元で続けると、ナナリーは真っ赤になって俯いた。 スザクはくすくす笑いながら、花瓶の準備をするねとナナリーの額にキスをして立ち上がった。 梔子。 天国に咲くと言われる清楚な花。 「僕がナナリーを殺すわけないじゃないか」 長い廊下を歩きながらスザクは歌うように呟いた。 さて、あの真っ白な、まるで死に装束のような花に似合う花瓶はどれがいいかな。 スザクはまったく素直な微笑みを浮かべていた。 まるで純白のドレスのような梔子が似合うナナリーは僕が幸せにする。 (ナナリーは僕が幸せにするよ、ルルーシュ) スザクは愛していて、愛せなかった人にそう告げる。
(2008/05/10)
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