01.ただいまは苺の甘さ



「おかえりなさいスザク君」

スザクが学校から帰ってくると一番に声を掛けてくれるのはいつもセシルだ。

「ただいまセシルさん」

何度も何度もセシと繰り返した挨拶は、この頃漸くスザクにとって馴染みのものになった。 照れることも臆することもなく、「おかえり」と言われれば「ただいま」と返せるようになったことは、 くすぐったくもあり嬉しくもある瞬間。

「帰ってすぐで申し訳ないんだけど、ロイドさんがお待ちかねなの。 すぐにランスロットの方へ行ってくれるかしら」

セシルは、困った人よねとスザクに笑う。 聞き分けのない子供の我侭に困りながらもそれを許すような、優しい笑顔。 その顔はスザクが一番好きなセシルの表情だ。 分かりましたとスザクは笑顔で応えた。

(好きなんだけどなあ)

ロイドの元へ向かいながらスザクは一人ごちる。 苦笑混じりの優しいセシルの笑顔は好きなのだが、それがロイド限定というところがスザクには面白くない点だった。 そう、まったくもって面白くない点だった。

「アスプルドン少佐、枢木准尉ただ今戻りました」

スザクはコンピューターに向かったままのロイドに一応敬礼をしてみせる。 軍律を欠片も重要視していないロイドにはまったく意味のない行為なのだが、 スザクは最初の挨拶だけは生真面目行っていた。

「待ってたよスザク君!早く乗り込んでくれないか」

振り返ったロイドは目をきらきらさせて(それはもう一切の誇張なく)、スザクを促す。 スザクは苦笑しながらランスロットへ乗り込む。 この表情のきの上官には絶対に敵わない。

『ロイドさんとセシルさんは、長いんですよね』

改善点についての説明を受け一通りの起動テストを行った後、スザクは雑談に通信回線を通してロイドに聞いた。 今回の改良で起動スピードは大幅に上がり、動作が以前以上に滑らかになった。 ロイドの弛まない科学者としての貪欲さによって、ランスロットは日々スザクの手足へと近づいていく。 そんなロイドには、スザクはいつも尊敬の念を覚える。 しかし、これからスザクがしたい話にその尊敬は関係ない。

『学生時代からだからそうだねえ』

7年かなあとロイドの返事はまったく気がない。 きっと話半分でキーボードを叩いているのだろう。 それはいつものことなのでスザクは特に気にしない。

『ロイドさんはセシルさんのことどう思ってるんですか』

スザクは率直に聞く。 というよりも、屁理屈と言葉遊びの大好きなこの上官には曲解のしようのない真っ直ぐな問いでなければ、 望む答えを得られないことをスザクは僅か数ヶ月の付き合いで学習していた。

『うーん、いい部下だねえ。彼女がいないと特派は壊滅だね』

(一応自覚はあるんだ)

滅茶苦茶な上官もそのことは分かっているらしい。スザクは声に出さず思った。

(じゃなくて!)

スザクが聞きたいのはそういうことではないのだが、ふっと作業をするロイドをランスロットから見下ろすと、 ロイドは意味深な微笑みを浮かべてスザクを見上げていた。まったくもって不敵な笑顔だった。 その表情でスザクはすべてを了解する。

(余裕、か)

スザクはコクピットでにやりと笑う。まるで戦場で敵に出会ったときのような、挑むような笑み。 付き合いの長さにはどうあっても勝てない。 この絶対的な壁をどうひっくり返すか。 それが目下のスザクの問題となった。

『いつまでもロイドさんのものじゃないですよ』

何がとは言わずスザクは宣戦布告する。

『別に僕のものってわけじゃないですけどねえ』

そもそも婚約者いますし僕。とロイドは飄々と嘯く。 しかし意味はしっかりと通じている。

「とぼけてられるのも今のうちですよ」

スザクは通信回線を通さず呟く。 いつまでもロイドに独占させるわけにはいかない。 スザクは強くレバーを握り直す。 なぜならスザクは知ってしまったから。 彼女へ告げる「ただいま」のその、甘さを。


(2008/05/11)